091

タコライスの「想像通りの味」感はすごい。大した頻度で食べていないのにいつ食べても「想像通りの味」がする。

 


でももし本当に初めてタコライスを見たら、上のソースはケチャップか辛いソースだと思うだろうし、あの散りばめられたチーズからまさかとろけるチーズをそのまま食べたっぽい味がするとは見抜けないだろう。あのジャンキーなんだかヘルシーぶってるんだかわからない味ではなく、タコスのライスだし素直にメキシカンな味がすると踏んでいるはず。あの見た目から本当に想像するのは実はまったく違う味なのではないだろうか。

 


しかしタコライスはわれわれの油断を決して逃さない。違う味を仄めかしたら刺しに来るよ、これが既視感の原型ですと言わんばかりの味の繰り出し方。ドライカレーのような、はたまたハンバーグの表面だけを掠めとったような?いやモスバーガーのような気もしてくるぞ。「想像通りの味」感は「想像通りの味」よりも高度なのだ。私たちの想像なんて過去の視覚情報のコーディネートのようなものなのに、想像力の可能性を信じるあまり勝手に仮想世界OZの広がりを自分の脳内に期待してしまう。私たちがタコライスを「想像通りの味」だなと馬鹿にしている間に、タコライスは後者の自己愛想像力をしっかりヨイショしているのだ。だってタコライスは想像チックな掛け算ではなくただの足し算なのだから。

 


今日食べたセブンのタコライスは、「想像通りの味」感が強すぎて想像を上書きしてきた。まさか脳内で想像を食べているの?想像そのものだよここまできたら。いやうそだ、こんなの脳内にあったはずないのに!もはや感動してしまった。でもあなた、やりすぎです。「想像通りの味」感は決して人間の感情を揺らしてはなりません。不恰好に上下する心拍数をあたかも一定みたいなフリして見逃すのが仕事ですよ。