329のおまけ〈駅の待合室・男性が女性トイレから出てきた〉

駅の待合室に座っているとなぜかすごく不安になる。多分だけど、透明なガラス張りが原因だと思う。透明だからこそ安全だし電車が来たら出られるんだけどね。透明で全方位丸見えであることと、知らない人と密室にいるっていうことが両立している、そのズレ方が耐えられないんだよね。むしろここまで(全面ガラス張りまで)しているのに決して安心安全ではないのかって思ってしまって、密室のあまりの権威に怖くなるというか引いてしまうというか…表現が難しい。

あとは、すごく素朴に、透明なケースの中にいるのが恥ずかしい。座ってお茶飲んだりスマホいじったりしている気の抜けた姿が鑑賞されている気がする。けど、電車ではみんなそうだから気にならないじゃん、それで、待合室もが地続きな場所だと思い込んでしまって、私的なクセを(皆がスイッチを入れて散り散りに歩き出す)自律の場で漏らしてしまう。そして透明なせいで、鑑賞されている側なのに鑑賞者と結構対等な関係にいるのもつらいね。

マジックミラー号で撮影するAV女優もこんな気持ちなんだと思う。カメラの視線があるから、内側も実質透明で丸見えなわけで。でも物理的には密室だから、プライベートを明かす抵抗は少し小さくなる。けど、いろんな視線があるせいで自意識は発動するはず。それを抑えなきゃいけないんだもんな〜。

 

 

男性が女性トイレから出てきた。スーツを着た30代くらいのサラリーマンだった。一瞬驚いたが、スルーしてそのまま空いたトイレに入った。座って、落ち着いて、自分の感情を整理した。

色々な前提や想像を抜きにして、とにかく、彼が動揺しなかったことに驚いていた。私がくっと力んでスルーをしたから、彼もそうしたのかと思ったけど、逆だった。驚く隙をこちらに与えないほど平穏な殺意みたいなものを目元から感じた。うーん、平穏だったんだけど、隅々まで質量が満ちている視線。セリフにしたら「ふん。」かな。

そして、この驚きは最も差別的であると気づいた。想像は何通りも膨らむ。間違えたのか正しかったのか、あえてなのか自然なのか、誤魔化したのか戦ったのか、彼のためなのか私のためなのか、などなど。でも私は、どれだとしても、彼が罪を感じなかったことに苛立ったのだ。私に怯えなかったことに苛立ったのだ。要するに見下していた。私の想像した彼の内実は、大半がマイノリティ像だった。マイノリティが強くあることに腹が立ったんだ、私は。書いていて苦しいけれど、自分の心の動きから逃げない。さらに、マイノリティ像を想像したのは彼の平穏な殺意を感じたからこそで、きっとうわべでも罪悪感が目から垂れていたら、1ミリも「男性」以外の要素を思い浮かべなかったとも思う。

気にしすぎであってほしい、そんな深い意味はないと思いたい。でも、気にしすぎじゃない状況も実際に必ずある。今向き合わないと、そのとき確実に同じ軌道を描く。リアクションどうこうじゃなくて、心の反射神経の脆弱さの問題だから、学んだことと現実をつなげる訓練をしないと。つなげるじゃないな、環境で培った認識と自走で培った知識を塗り替えていく作業をする。