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インスタを見るのがつらい、かなり解釈癖があるから、「ああこの子は自分をこういう風に見せたい(ブランディングしたい)んだなあ」とか「ああそういう言葉をそういうノリで使うのか」とか一個一個深読みしちゃってどんどん人間嫌いになる。位置情報載せているだけで、ひと手間かけているという事実にムカつくことさえある。向いてね〜。意外とこの子ここにコンプレックス(or自信)感じてるんだなとかまでわかる気がしてくる。直接会ったり話したりしているときには社交性や理性で抑えられている部分がインスタだとなんであんなに丸見えなのだろうか!そんな感じでインスタ何度も消していて、今はもう数十人の仲良い子としか繋がっていないけど、それでもやめたいねえ…。この間友人が私と遊んだとき大量に撮った写真ではなく、動画の一部分をスクショしてわざわざ載せていたのを見て、なんかうわあ…と思ってしまった。盛れている瞬間(それは動いていないと存在しないも同然の輝きなのに…)をコンマ1秒単位で止めて確認して、選択している友人の姿を想像して悲しくなってしまう。

 

YouTuberは企画という体で地雷系メイクなどに挑戦できて羨ましい。いや、やればいいんだけどさ、やっぱりなにか1枚噛んでいないとハードルが高い。本当はみんな潜在的に地雷系メイクやってみたいのではと思うのよ。

あと、男性もメイクしたいのではと思うのよ。なんかさ、自分が選択した服(や髪や筋トレやスニーカーやiPhoneケースや財布や煙草やら)で色・素材・形を纏って自分のアイデンティティを表明して落ち着く身体に改造しているのに、顔にだけそれらをやらないっていうのが不自然な気がするんだよね…1番身体の中で情報量が多いし、自分の内面が否応なくはみ出てしまう部分だと思うし。容姿レベルを上げたい以前に、自分の顔に好きな色・素材・形を乗せたいという原始的な欲望は皆あるよね…?って思う。お絵描き的視点でもそう思う。