ちゃんとしたい

弾性のあるゲロ

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今日は、家族に自分の誕生日を祝ってもらう1日だった。

自分は物欲が結構ないので、192021と誕生日プレゼント(や成人祝い)をもらっていなかった。頼んでいないから。でもさすがに成人祝いは欲しくなって、今日はこれまでの総精算としてバッグを買ってもらうことにした。新宿の百貨店に行った。

 

 

物欲がないという時点で、いやもう普段のブログから滲んでいる感じでバレていると思うけれど、自分は本当にハイブランド周辺の文化が嫌い。興味があるかないかと言われたらあるんだけど、ハイブランドに群がる人間の比較や精神や愚かさや集団やハイブランドハイブランド然とするためにできている社会の構造などが自分の思想や精神性と相容れなさすぎて、バチバチに敵視している。欲しいとほぼ思わない。マイケルコースマイケルコースコーチマイケルコースケートスペードマークジェイコブスの同世代たちを見て「ならブランド買わなくていいじゃん、同調圧力?」と思い、セリーヌのロゴバッグを見るたびsupremeTシャツより圧倒的にダサいと思い、でも素直だから彼氏にもらったヴァンクリのネックレスを自慢していた女には死ねと思った。多分私は、ハイブランドそれそのものより、ハイブランドに群がる人、自慢する人、などに対して偏見やランク付けがある。

 

あと元々鞄や靴はどうしても単体で見ると身体に馴染みのない形状や素材に感じられて、おもちゃにしか見えないから、良し悪しも好き嫌いもマジでわからない。そのせいでスニーカーとトートバッグばかり使っているし、テカテカの靴👠👞がなんかどうしてもギャグに思えてしまっていまだに履けない。オシャレすぎてギャグとかじゃなくて、素直にギャグ。。。この間ようやく、私服用のローファーを購入した。

 

 

だからもう当たり前に、それらが凝縮されている百貨店は厳しかった。自分に自信がないからだと思う。日曜の新宿は人が多い。

でも百貨店をしばらく歩いてみると、言い方はアレなんだけどほとんどが庶民オーラで、猥雑で、地価が下がっていて、あれ?ここルミネエスト?みたいになった。あと忘れてたけどハイブランドを売っている人間=金持ちではないので、高い買い物なのに普通の人が普通に接客している!と驚いた。普通にラフな話しかけ方をしてくる。ザラ店員より優しい。

あるブランドで20万くらいの鞄を試して販売員さんにお戻ししたら、肩からだらんとぶら下げてそのまま他の仕事に移っていた。鞄ってそういうものだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど、結構衝撃的だった。かなりだらしなく見えた。お金を払わずにハイブランドと毎日接する販売員さんとなると、やっぱりその品位みたいなものって自分の中では確実に落ちていくだろうし、だってただの物質なわけだし。自分がいやいや言いつつもいかに社会的刷り込みでブランドに価値を見出していたか自覚した。

 

理想が極端に高いため、現実への落とし込み方が「何もかも諦め」の方向性になってキモいという自分あるあるがある。

 

chantoshitai.hatenablog.com

 

この日にほぼ書いてあるけど、例えばスポーツなら、オリンピックとかW杯とかトップ中のトップの戦いが存在していて、そこには絶対に届かないのに、〇〇地区〇〇大会とかをやる意味なんて全くないだろと思っていた。部活や大会に本気になる人とかの気持ちがマジで理解できなかった。簡単に言えば8割くらいの枠組に対してプロ以外価値なしと思っていた。てか昔よりは濃度低めだけど今もそう思う。本気で。勿論ハイブランドや百貨店、そしてそれらを買う人運営する人もプロだと思っていたから、今日でそれらを過度に持ち上げていたのだと気づいた。でもやっぱりみたいな部分もある、ブランドって本当に社会的な価値しかないんだなと。

 

 

優柔不断で物欲もないし人にお金を使わせることに過度に罪悪感を抱くから(だからショッピング楽しくない)、今回は事前に頑張ってこれが欲しい!と3つ決めていたんだけど、1つ廃盤、1つは予算に合うサイズ試したら小さすぎて逆に金ないみたいで恥ずいで、いつしか今日の朝焦って検索して選んだ1つだけになっていた。試したら可愛かったし、いい感じにカジュアルで自分の精神と調和したし、でも言い換えればちょっとハイブランド感が薄い。逆「高見え」。しかも、今季の新作らしい。ハイブランドって歴史による信頼で価値積み上げてんのに、ほぼほぼ一生モノの成人祝いで新作買うのはなんか、怖い。急に、社会に負けそうになった。

けど、これにしようかなと思い始めた。が、自信がないから大きいお金が動くものをこれ!ってすぐ宣言できるわけない。しかも消去法のくせに。親にも、もうちょい悩んでから決めたら?とも言われた。かといってぐるぐる色んなブランド回っても、もう選択肢が増えるのが苦手すぎてどんなに眺めていても何にも入ってこない。そしてそもそも鞄に対して可愛いとほぼ感じないから何もわからない。ぶらぶら歩いてビビッと来て決めたハイブランドバッグ買うなんて、消去法を自信持って断定する以上に自分はやらないし。

 

 

すごいネガティブグチグチブログだな今日。。。まだまだ続く。

 

 

ハリボテの高級感と等身大の群衆のマリアージュを味わうのに限界が来て、高い買い物という選択→決断行為も精神的に辛くて、親に頼んで1回外出てコンビニ行った。コンビニ大好き。アイスを買って食べたら元気になった。最近は貧乏性で世界が狭くて偽物チープを本気で楽しんでいて…暮らしまでコンテンツ化して…みたいなことってよくTwitterで言われるし、実際ジリ貧にさせてくる政治に腹が立つよ。でも、金持ちになってなんでも買えるようになったとしても、私がブランドにハマることは生涯ないし、コンビニがずっと好きだよ。

 

百貨店に戻り、もうこれは私が人生で一番苦手な選択→決断という行為の練習だと思い、最初のバッグを買うことにした。接客の流れで「あー、これ買います!」というのがどうしても緊張&自意識過剰だから恥ずかしくて、また1回退店したけど、買えた。

買った瞬間、ぶわああああぷしゅうと脱力。受験終わった並。「はああ…」と声が出た、すぐ元気が回復した。父曰く、何にも楽しくなさそうってかほぼ修行してたし辛そうだったって。泣きそうな声で「これ買います…」だったって。その通り。地下でついでにケーキを買うことになったんだけど、ケーキとなると突如爛々とし始め、あ〜どれもおいしそう!迷う!あ〜でもこれだわ!これ!と即決して笑われた。物に対しても自分に対しても相応の価格設定だと楽しめるんだな〜、あと自分が好きな物だと。モンブランとってもおいしかった!

 

地元でブランドの紙袋を持って歩いていると、新宿の比じゃないくらいガン見された。あ〜みんなが欲しかったのってこの視線か。たしかに気持ちいい。帰宅して、すぐ子供部屋の床に紙袋を置いたけど、開ける気にもならない。自意識の手垢ベタベタな部屋に置くとやっぱりなんも輝いてないや。でも、お店でも大して輝いてなかった。ずーっと空虚だった。ブランドにハマる人の思考回路はわかるけど、目や感覚まで社会に侵食される感覚はわからない。