ちゃんとしたい

弾性のあるゲロ

1107のおまけ

今日内容散り散りかも。長いし。普通の日記も書きたいから11072にしようかと思ったけど題名が5桁になるのは避けたくてこんなことに。先に1107を投稿しろよ!しません。

 

【モラルがない】

「モラルがない」のをマウント?他人より上に立つために使う人が周りに多いんだけど(というか多分年代的にそうなんだー)、彼らの「モラルがない」の対象って物理的or精神的に近しい他人だよね、乗り合わせた人とか友人とか。

私は、それはさすがに倫理的に・道徳的にアウト!の基準が分からないことが多くて、よく一線を越えてしまう。そういうときに1番引いて、激しい嫌悪感を示してくるのが実はなんと上記の「モラルがない」人々なのよ。彼らは社会とか、世間とか、もっと言っちゃえば内面化された親の教育にはいい子ちゃんで従う。概念には弱い。腹立つ。なんなの?節々で自分が可愛いってバレてんのにまだ返り討ちに遭わない範囲でダサダサな「モラルがない」フリ続けんの?いや、特に今日何かあったとかではないんだけど。

前々から書いているけど、ふとしたときに自分にはモラハラの気質があるのだと気づいてしまう。上手く言えないけど、恫喝するとか追い込むとかのパワー型ではない。本当にモラルがないとわかっているので、苦しい。だから「モラルがない」をお洒落権力アクセサリーにされるとすごいすごい嫌だ。

 

 

【損】

私は気にしいで上手く主張ができずに誰か強い人に負けてしまうことが多い。はたから見たら損な人なのは分かっている。でも、それを言ってくる得な人(ごめんまた架空敵)は主張に慣れているからそう思うだけで、私にとっては負けること<主張する負荷だから、主観的には損してないんだ。良くないけど。あと、そもそもあまり人を損得の目で見ない。

 

永野芽郁

いつぞやの長濱ねるアンチブログみたいなことをまた書きます。

昔、小学生女子向けのニコプチっていう雑誌を超愛読してた。永野芽郁はそこの専属モデルだった。例によってワンカラー文字だらけページを特に楽しんでいたんだけど、そこに専属モデルの人柄とか夢とかを本人の話をもとに漫画化する連載があったのね。

その永野芽郁回の内容がいまだに忘れられなくて。とにかく明るい性格です!みたいなやつの補足として、たしか小学校か中学校かのエピソードが挙げられていた。

クラスの(おそらく目立つタイプではない)子が、喧嘩したか恥ずかしい思いをしたかなんかで授業中に泣きながら教室から逃げ出しちゃったんだって。教室は気まずい空気になっていて、残されたみんなはどうしようっておろおろしていたそう。困った永野芽郁はなんとその子を追いかけてひとり教室から飛び出したらしい。

階段の片隅で座って泣いているその子へ駆け寄って、教室に戻ろうと説得したんだけど、やっぱりその子も気まずい。そこで永野芽郁は名案を思いついたらしい💡「説明はしないけど、いいから私に任せて!」といざ実践。その子を連れて教室の前まで戻ると、突然永野芽郁おちゃらけながらひとりで教室に入り、変な動きでみんなを笑わせたらしい。そのおかげで教室の空気が温まって、その子もすんなり教室に戻れたんだって。

 

まあ、いいエピソードではあるんだよ。長濱ねるとは違ってね。でもなんていうんだ、仲良くなれないなあ〜と当時の小学生の私は思ったな。

まず、永野芽郁は(そういう星に生まれてしまったから仕方ないが)自他ともに認める主人公気質なんだね。自分の物語の力をすごい信じている。あと、私は教室から逃げちゃう女の子の気持ちのほうがわかるんだけど、永野芽郁みたいな明るいやつに追いかけられて、説得されて、戻るのってやだよね…誰も何も悪くないんだけど、やだよね…自分の怒りとか悔しさとかにちゃんと向き合ってくれないくせに正論で否定だけはしてくる感じが。そしてなにより当時の私が納得できなかったのが、今書いた2つとも繋がることなんだけど、自分でこのエピソードを「明るくて優しい性格」の象徴として語っていること!いやらしい!泣いていたあの子の気持ちはどこ?自分を持ち上げるために利用すんな。

以上です。私はよく昔のティーン誌を引き合いに出して人物解釈を述べているな!ゴシップ大好き♡

 

 

【日記】

日記とか手帳とかノートのメモとか、人の私的な手書きの記録がとても好き。(余談だけど、手帳類図書室という、見せるつもりなく書いていた他人の日記が読めるギャラリーが参宮橋にある。既に何度か通っていて、多分これからも通う。そこで見て感じて考えた経験は割と自分の人生史に書けるくらい良いものだったと思っている。)

もちろん自分の記録も好きで、小中学生の頃は交換日記やお手紙交換に勤しんでいたし、高校生の頃は無印のノートに深夜に思いの丈を書き綴っていた。まだそれらの記録は手元に取ってある。今書きながら思い出したけど、小学生の頃、クラスの人間関係相関図や噂話を逐一すべて一冊のノートに記録していたな…しかも理由、将来このノートと一緒に卒アルを見返したらきっと面白いだろうから、だよ。この頃から下世話街道爆走していたのね!大学でも作家や画家のアイデアノートやドローイングについてよく調べている。

だから、手書きで日記を書きたいなと思っている。できれば大きめのノートで、自由に、何冊も続けたい。でもはてなブログはふとしたときに描きやすいし大切な存在だし、もう習慣だから辞める気にはなれない。だからといってブログを書きながら日記も書くのは無理がある。手書きでブログ投稿?と思ったけど、ブログと日記は公私のバランスが微妙に違うんだよな。どうすればいいと思います?皆さんのノートの使い方が知りたい。

 

せっかくなので今使っているノートを載せるね。手帳は怠惰だから続かなくて、雑記帳になっている。持ち歩く習慣もなかなか身に付かない。しかも、最近はもっぱら美術館とか映画館のチケットを貼るだけの紙になっている、良くないね!

2020年の元旦から使っているやつ、無印の手のひらサイズのリングノート(めっちゃ書きにくい、早く新しいのにしたいけど1冊使い切ってないからムズムズして買えない)。

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石岡瑛子のポストカードを袋のまま貼り付けている。

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これは手帳類図書室に行った日にたまらず書いたメモ。

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大切なスクショは印刷してノートに貼っている。最近溜まってきたのに印刷できてないなあ。

 

本当は自分の全てを記録するノートを1冊作って常にお守りのように持ち歩きたいんだけど、Twitterとか大学のノートとかこのブログとかLINEのメモとかFilmarksとかカレンダーアプリとかWordとか自然と色んな媒体に分別してそれぞれ細かな記録を取っているから難しい。

 

最近はめちゃめちゃTwitterをやめたくなっている。そもそもTwitter上での交流があんまり好きじゃないので、依存しちゃっているのはフォロワー0で見る用のアカウントなんだけどね。でも、面白い番組や映画や展示や好きな人たちの文章の情報がチェックできない状況を想像すると怖くて勇気が出ない。流れてくるの待ってないで自分で調べろよって話なんだよね、わかる。どうしよう…。他のアカウントはログインしなくても生きていけるし、今の段階でちょうどいい楽しみ方ができているのに。

高校に入るまでスマホを与えられなくて、自分の世代は中学で8〜9割くらいの子が持っていたのでかなりつらい思いをたくさんしたんだけど、今はそれが正解だったと確信しているし本当に親に感謝している。携帯捨てたいよ〜😭